西高東低の気圧配置
こんにちは。お久しぶりの更新です。
今日は『世間は狭い』とビックリした話から…。
先日高校時代に何かと励まし合い、仲の良かった友達から久し振りにメールが来ました。
あの頃は高校生で、どんなことにも好き勝手やり、行動し、一番青春!!と感じていた頃である。現実よりも目の前にある楽しみを思いっきり楽しみ、先を見据えて生活なんかしていなかったように思う。
今のように会社員となり、仕事中心の生活なんか考えもしてなかった。。
そんな高校生の楽しい生活にもやはり悩みは存在する。
友人にたまにそれを話すと真剣に語り合い、自然と相談をしたり、相談をされる。
友達にする相談とはほとんどが自分の中で結論を出し、そのもう一声がほしい。相談した答えが自分の意見と違えば自分の意見を理解してもらいたくていろいろ考える。
その友人に相談すると嘘のように気持ちが晴れる。自分が一番言ってほしいことがなんのためらいもなく言ってくれる。
そんな不思議な友人だ。
久し振りにメールがきたことも嬉しかった。
何よりも嬉しかったのは友人もこのブログを読んでくれたということ。
お互い高校を卒業してからは一切連絡を取らず5年が過ぎ、いろいろ高校生の時とは違う生活がある。でもこのブログを読んでまたあの頃みたいに励まされた。『頑張ってるみたいやな!』と言われ、なんか素直に嬉しかった。
確かに、『旅行』とか添乗員』と検索すればすぐにこのページもみつかるだろう。でもその友達が見つけてくれて、読んでくれたことがなーんか無性に嬉しかった。何かの『縁』かと思う。
高校時代、吹奏楽部の恩師が、バラバラになりかけていたメンバーに向かってこんな言葉を照れることなく言った。
「君たちは、何億という人間いる世界、日本だけでも1億数千万人の人間の生活の中で、偶然この高校に入学し偶然吹奏楽部に入り、たまたまその時集まったメンバーとともに演奏をして感動をお客さんに与え、自分たちも演奏・演技に感動し、音楽を楽しむ為にここに集まっている。
そうして出会った君たちは、何かすごい縁があるんだよ」と。自分で書いててもクサいし言葉にはなかなか出せない。
この言葉の意味はつまり、そのまま。
部活に関わらず、1人1人の出会いがすごい確率の何かの『縁』であると教えてくださった。
大袈裟かもしれんけど、その言葉の深さには今でもいろんなことを考えさせられる。
『縁(えん)』とは『縁(ふち)』とも読む。
その縁にたまたま集まった絵が自分たちで、輝くも倉庫に眠るのもその人の人生である。
画家の存在しない絵の縁を大きくするも狭くするも自分次第。
どうせなら大きな縁の人生を歩みたい。
今日は今週の火曜日に吹いたこがらし一号で西高東低の気圧配置になり、いよいよ冬が始まった。
いや~しかしなんですなぁ~。こうも寒いと布団から出るのも……
…と近況を書こうかと思ったけど、やめときます。また書きます!
それじゃあ今日はこの辺で~o(^-^)o

