若林雅さんのブログ

ごたごた。。。

So many trouble in the cairns...

ヒドイ始まり方ですが、皆様ご存知でしょうか??サイクロン「YASI(ヤシ)」。

いやぁ~、ひどかった。道はデッコボコになるわ職場の木はバッキバキやわ、ドッタバタでした。

前々から買い物をっとスーパーに出かけるがすでにガラッガラ。棚に残っている物で何が出来るのか??

コンロとガスガスボンベ、水とヤカン、カップヌードルとパスタ、ロウソクと電池。ありったけ買い揃えた$500程使った。2週間は過ごせる。

日本人の上司は何を思ったか何も準備をしていなかった。。。って事で買い物を手伝う事に。

色々と揃えていく中、水とガスボンベ、電池がすでにどこにも売ってなかった、上司はココで一言「ちょっと分けて」。Noと言えない日本人は少しばかりおすそわけ。

サイクロン当日、朝早くからOZの上司より電話が入り、「家の補強手伝ってくれ!!」との事。「。。。なんで?」と思いながらNoと言えない日本人は車で駆けつけた。

3時間ほど強風の中家の周りの整備をした。なぜかブロックが沢山あったのを倉庫の中に運んだ。軽く飛ばされるからである。その後、現地スタッフをケアンズに下ろし、安全な避難場所へと送る。

別の場所から来るスタッフをギリギリまで待つ事になり、その間ビールを2、3杯飲み干す。到着するや否や安全な場所まで送り、家に帰る。

やっと家の事が出来る!

すかさずみんなを安全な場所に送るために車を出す事になるが、あと30分後には暴風の為に道が封鎖される事になり、時間的に片道しかない。

俺は家に残りたい。そう思っていたがみんなは一緒に避難しようと言って来た。確かにそうしたいが、自分の中でこの家は大丈夫だという確信があった。 家に残るか避難するかでギリギリまでもめてシェアメイトは全員避難させて私だけ家に残りました。

ホット一安心。みんなの分まで面倒見切れない。。。

早速停電。意外と速かった。ゲームをして、やり過ごす予定が失敗に終わる。

ローソクを一つ付け、音に耳を傾ける、チッ、チッ、チッ、っと時計の音がする。

向かいの家が揺れている。。。目の前の樹はすでに折れており、ちょっと淋しさを感じ始めた。

ここで、残り少ない電池のパソコンを開き、ビデオ観賞。30分で終わる。

途方に暮れるMasa。

ジェット機の様な音が外で鳴りつずける中、家の中を何周も何周も動き回るMasa。

あれから何時間経つだろうか?と時計を見ると夜中の3時半。 

ロウソクを5つ付けエロ本を開く事30分、酸欠でロウソクを消す事に。

色々悩んだがやっぱり寝てはイケないと思いつつ、ある事に気がついた。

向かいの家は揺れている。しかしこの家はびくともしない。

忘れていた、この家はコンクリート固めのガッチガチの家である為、ビクともしないのである。

だからこそこの家を借り、だからこそこの家に残ったのである。

みんなを避難させた分食料もたっぷり、電池もたっぷりある。

早速、懐中電灯を明々と付け食事にありつく。

普通に忘れていた、ご飯を食べる事を。

お腹いっぱいになり、何故か安心したMasaは、貴重品をまとめ、床についた。

あの時の夢は今でも忘れない。。。

 

ふと気付くと外は明るい。風も穏やかなので、早速みんなを迎えに行く事に。

スタッフを迎えに行くとみんな体育館の端から走って来た。「Masaさ~~~ん!」

みんなも怖かったのだろうテレビの中の世界を味わった。っというスタッフもいた。

 

次の日、早速仕事場に向かうが、そのサイクロンの影響は大きかった。

木が根っこから倒れ、屋根が飛び、車は土砂に埋まる。

考えられない被害がケアンズ周辺を襲った。

今はほぼ全ての修復が終わっている。4メートルほど木の上に登って、倒れそうな木を切り、超大量の切った木を一か所にまとめて、荒れた草むらを綺麗にし、土砂で崩れた壁を補修し、毎日毎日猛暑の中、みんな汗ダクダクになりながら整備をした。今では笑い話である。

 

そして、黒田先生が私の家で、当時では非常に貴重なカップラーメンを食っていた、あの時の夢もまた、

私の中では笑いへと変わっていった。 

みんな元気です。

Masa...


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